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最高裁判所第二小法廷 昭和44年(あ)1384号 判決 1970年6月19日

主文

原判決および第一審判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

弁護人杉崎重郎の上告趣意は、本件の真犯人は葛西義輝であって被告人ではないと主張するものであり、刑訴法四〇五条所定の事由をいうものではないから、適法な上告理由にあたらない。

しかしながら、所論にかんがみ職権をもって調査するに、本件記録ならびに当審において取調をした横浜地方裁判所昭和四四年(わ)第一一四六号業務上過失致死等事件記録および東京高等裁判所昭和四五年(う)第七九三号業務上過失致死等事件記録を総合して検討すると、本件に関しては以下のような訴訟上ならびに実体上の諸事実が認められる。

(一)  本件の公訴事実は、「被告人は、自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和四二年九月七日午前八時ごろ、軽四輪自動車(六横浜な六〇五九号)を運転し、横浜市保土ヶ谷区本宿町一五番地先道路において、本宿小学校方面に向かい道路左側に一旦停止したのち、四季美台方面へ向かい転回するに際し、あらかじめ転回の合図をし、右後方からの交通の安全を確認したうえ転回すべき注意義務があるのに、これを怠り、転回の合図をせず、かつ右後方からの交通の安全を十分確認しないで発進し右に転把進行した過失により、折から右後方から本宿小学校方面に向かい進行して来た田中義彦(当二四年)運転の普通貨物自動車に自車の右前バックミラーを衝突させて、同車を右前方に暴走させたうえ、道路右側を同一方向に向かい歩行中の柴崎友一(当七二年)に衝突せしめて、同人を路上に転倒させ、よって同人をして、同日午前一〇時二七分横浜市神奈川区富家町五五番地神奈川県済生会病院において、頭蓋骨々折に伴う脳挫傷により、死亡するに致らしめたものである。」というものであって、第一審判決は、右公訴事実どおりの事実を認定したうえ、右は刑法二一一条前段の業務上過失致死罪にあたるものとして、被告人を禁錮六月に処する旨の言渡をしたものである。そして、原判決は、被告人の控訴(控訴趣意は量刑不当をいうだけであった。)を理由がないとし、控訴棄却の言渡をしたのである。

(二)  右の原判決に対し、被告人から申立てられたのが本件上告であるところ、本件上告申立のなされた日である昭和四四年六月一六日に、葛西義輝から保土ヶ谷警察署司法警察員に対し、「本件死亡事故の真犯人は自分である」旨の自首がなされ、翌一七日には被告人も同署に出頭して、「自分は葛西のために身代り犯人となっていたものである」旨申立てるに至った。これらの事情により本件事故についてあらためて捜査がなされた結果、同年一〇月二五日、右の葛西につき業務上過失致死、犯人隠避教唆、道路交通法違反の各罪、被告人につき犯人隠避、道路交通法違反幇助の各罪により、横浜地方裁判所に公訴が提起され(同裁判所昭和四四年(わ)第一一四六号事件)、同裁判所は、審理の末、昭和四五年三月三日、右公訴犯罪事実のすべてを有罪と認め、葛西に対しては懲役一年、被告人に対して懲役六月(但し二年間刑の執行猶予)の各刑を言渡した。右のうち、被告人に対する判決については、被告人、検察官のいずれからも控訴がなく、既に裁判が確定しているが、葛西に対する判決については、同人から控訴がなされたため、現在東京高等裁判所において審理中である(同裁判所昭和四五年(う)第七九三号事件)。

(三)  右横浜地方裁判所昭和四四年(わ)第一一四六号事件の公判において取調べがなされた各証拠(特に被告人および葛西義輝の司法警察員、検察官に対する各供述調書、和田鉄雄の司法警察員、検察官に対する各供述調書、証人柏木三千子の証言、杉村勝利の検察官に対する供述調書、葛西七恵、星川重春、星川トキの各司法警察員に対する供述調書)によれば、(一)に前記した公訴事実のように昭和四二年九月七日軽四輪自動車(六横浜な六〇五九号)を運転して過失により死亡事故を発生させるに至ったのは、被告人ではなく葛西義輝であったこと、被告人は当時右軽四輪自動車の助手席に乗っていたものであること、葛西は、右のように事故をひき起した直後、自分が無免許であるため重く処罰されることを恐れ、運転免許を有する被告人に身代り犯人となってくれるよう依頼し、被告人においてこれを結局承諾し、そのころ事故現場において警察官に対し事故を起した犯人は自分である旨虚偽の申立をしたこと、その後、被告人は、前記(一)のように起訴され、第一審で有罪の判決をうけ、控訴も棄却されたため、受刑する覚悟を決め、服役中の家族の生活のことなどについて実兄に相談したところ、同人から身代りとなったことについて叱責をうけるに至り、その結果、右実兄の努力もあって、前記(二)のように葛西の自首などがなされたこと、以上の諸事実を明らかに認めることができる(なお、葛西は前記のように控訴中であるが、その控訴趣意は、自己の過失と被害者の死亡との因果関係を争い、あるいは量刑不当をいうなどするものであって、自己の運転行為を否定するものではない)。

以上の諸点によって考えると、本件被告人については、原判決後において、刑訴四三五条六号にいわゆる「有罪の言渡を受けた者に対して無罪を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見した」場合に該当するものといわなければならない。とすれば、本件については、同法四一一条四号にいわゆる再審の請求をすることができる場合にあたる事由のあることになり、かつ原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められるから、原判決ならびにその認容する第一審判決はともに破棄を免れない。そして、本件については、訴訟記録ならびに当審において取調べた証拠によって直ちに判決をすることができるものと認められるから、同法四一三条但書により被告事件についてさらに判決をすることにし、同法四一四条、四〇四条、三三六条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一)

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